8/11 ワークログ 記録者:黒田千穂(研修生)

Category: ワークログ

8/11 ワークログ 記録者:黒田千穂(研修生)

8/11 「混雑する交差点」の発見。
■本日の流れ
13時から17時まで、じゅんじゅんさん・ミヤさんWS
まずインプロで動き、お互いのノーテーションを書いて、今度はそれにそって動く。
動きをノーテーションに変えることが可能かどうかの実験、とのこと。

★新たなノーテーションの提案
床にかくだけでなく、壁、もしくは、体にテープを貼って、
動いているその瞬間にノーテーションを見えるようにする。
(8/11,8/12実施予定)

★今後の課題
空間の構造を発見する。
9月に使用する目玉ギャラリーの空間の構造を認識していく。
(向井先生が田中先生に100枚[!]の写真撮影を打診されたとのこと)

★「混雑した交差点」の記述を発見
レナート・ロサルド「文化と真実」より、『intersection』の元である「混雑した交差点」
の記述を発見。以下、引用。
“深遠な文化的活動を、それだけで完結した領域とみる考え方を小宇宙的視点、もうひとつの
儀式観を混雑した交差点と呼ぶことにしよう。後者の場合、儀式は多くの異なった社会過程が交差する場としてあらわれる。交差点は異なった道を完全に凝縮したかたちで封じ込めているのではなく、それらが交差するための空間を提供しているだけにすぎない。”
この後、ある民族の首狩りという一つの事例について、三つの過程が合流する場と言っている。

★referenceの作成
ロサルドの「文化と真実」を、「0001」として登録。
寺内さんよりお預かりした資料をスキャニング。

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このノーテーションを書き・動く試みは、一定のまとまった動きや一つのポーズが、
何を意味し表しているかに落とし込もうとする見方を、否定する。
しかし、それと共に、ノーテーション通りに身体が動かされることを観る人に期待させてしまう。
(ノーテーションは、こう動くだろうな、と予想させるが、その予想は皆、どれくらい同じか。
どれくらい違うのか。)
今日のノーテーションをとる試みを拝見し、似たようなことをしたことを思い出した。

わたしは去年まで大学で、内容と形式の問題を目下の関心事として、日本の現代文学の研究をしていた。
物語内容を捉え、作者のバックグラウンドに寄せて論じるのではなく、
そこに何が書かれているのか、言葉を詳細に見ていくことをしていた。

谷崎潤一郎「吉野葛」は、紀行文のような体裁をとっており、写真も多数載っている。
写真はテキストと対応してスポットの説明をしているのだが、一つだけ写真と写真が
対応していて、そこから主人公が空間を移動していることが読み取れる箇所がある。
ここで私ははっきりと、矢印を書き込んでいた。

類似した全く別の事なのかもしれないが、ふと思ったので、ここに記した。

●一つの提案
あるひとつのノーテーションをもとに、複数の人がパフォーマンスを行うことによって起きる、
同じこと・違うことの観察をしてみると、8/2のじゅんじゅんさん・ミヤさんのワーク時に向井先生のおっしゃっていた、別の物から同じ物を想起する感覚(私の記憶で言葉を換えてしまっているので、後ほどログを聴いて確認致します)を、逆説的に探れるのではないか。